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2004年10月

母の病気、そして他界・・・。コスモスが咲いています。

2004年10月31日(日) 台風の後始末  夏木静子「時が証す」  
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気持ちのいい秋の休日だが、私は押入の片付けをしていた。
実は母の看病、葬儀などで、台風18号の後始末がまだ終わっていなかったのです。
屋根にはブルーシートがかぶさり、畳替えも延期していました。
今日は押入から出していた布団を整理して入れたのです。
すのこを買ってきて下に敷きました。
本当に今年は台風といい地震といい、天災が多かったですね。

図書館から本を借りてきた。
夏木静子「時が証す」潮出版社 1200円


数少ない夏木さんのエッセイの一つです。
夏木さんは福岡在住だから親しみを感じます。
江戸川乱歩賞をなかなか取れなかった、少しずつ本が売れはじめ主婦として時間をもてあましていたのが、今や時間に追われるようになったこと、目や腰の病気のことなど、私も共感を覚える話題であった。

「時間」については、私も現在は時間がないことにいらいらしているが、定年にでもなればやることがなくて不安定になるだろう。
なかなか中庸の道は歩けないものです。
夏木さんもそういう自分の心の揺れを正直に述べておられ、親近感を覚えるのです。
そういう人は多いと見えて、「椅子がこわい」という腰痛について書いたエッセイは大変反響があったそうだ。
時間に追い立てられるような性格の人は、行きすぎるとこんな風にひどい腰痛にもなるのでしょう。
完全壁がある私(と自分では思っているが、人から見ればいいかげんなものでしょう)も、もう無理がきく年ではないので、何事も休み休みしたがよさそうだ。
2004年10月30日(土) 久しぶりに休む  だんなの手料理  
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数か月ぶりに家で土曜日を過ごした気持ちがする。
疲れていたからかただ眠っていたい気がするが、掃除や仕事、買い物などをする。

最近はだんなが筑前煮などを立派に作ってくれるようになった。
私が母の看病や葬儀で忙しくて、ほとんど料理らしいものをしなかったから
だんなが料理を覚えてしまった。
ありがたいことです。
今日の昼はだんなが作った筑前煮と、炊き込みご飯、鯖と白菜やキノコの煮たものをいただきました。

忙しさに甘えて、教材はほとんど作っていない。
でも、そういう時もあっていいだろうと、気にしないようにしている。
頭がだんだん衰えてきているのだろうか?
自然に任せるしかないと思っています。
2004年10月29日(金) きつかった1週間   缶つぶしのお値段  
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今日は私が学部便りを出す当番だった。
先週はずっと留守にしていたので、仕事のテンポが遅れ気味で苦しかったが、ようやく便りを仕上げました。

職場体験は今日も△△作業所で缶つぶしをしました。
3人の生徒は大変上手になり、スピードも速くつぶせるようになりました。

ところで缶つぶしとはビールのアルミ缶などをつぶすのですが、いったいいくらになるかご存じですか?
作業所の所長さんに伺ったところ・・・
つぶした缶を大型のビニール袋(よくゴミを入れて捨てる)にいっぱい入れて、約400円ほどだそうです。
この作業所では多くの人の協力で年間50万円ほどつぶすんだそうです。

また、最近は新聞もお金になるそうです。
でも、最近は集める人が多くなり、量的には少なくなっているとのこと。
年間50万円とは缶つぶしも捨てたものではないですね。
何よりも、入所生達が一生懸命に自信を持ってしているのがいいと思います。
2004年10月28日(木) 作業療法士の方の作業療法観    ビーズの飾り  
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母の死去に石越病院の如月さんがお悔やみを述べて下さった。
石越病院は精神科の病院で、院長の奥様である如月さんはじめ職員の方々は、
病気や患者さんへの理解のために様々な試みをなさっている。
そのなかで最近更新された「作業療法」のページを読んだところ、なるほどと思われるページがあったので紹介します。
行動変容をおこす作業

人間的な成長は、
在る程度以上になると、自己の試行探索行動によってしか
本当の意味では変化しません。
無理にやらせても意味がない、とは、そういった意味です。

例えば、何度薬を飲むように注意されても、
その人が本心から「飲まなくてはいけないのだ」というように
思い至らなければ、
注意する人がいるうちは飲みます。
しかし、目が届かなくなれば飲みません。
必要だと思っていないからです。

作業の現場でも同じことが言えます。
あなたは寝てばかりいるんだから、そんなことじゃ退院できない
さあ何かしなさいと強く言われれば、
よっぽど頑固でなければ何かするでしょう。

しかし意味には乏しいことです。
起こされて塗り絵しました。
それだけ。
声がけされればしぶしぶやりますが、
声がけされなければやりません。
塗り絵の力も発揮されません。
むしろ“塗り絵”、“OT”というキーワードに
“強制された”という不快な感情が付属し、
その出来事を表面上忘れても、このキーワードにもやもやした
不快な印象がつきまとうことにもなりかねないのです。

作業の中で、不快でない、まんざらでもない体験を積むこと
楽しみを見つけること
OT室で得た「体験」が対象者のneedに合致すれば、
対象者は自分から足を運ぶようになります。
もしくは、声がけに嫌々でなく応じます。
何度も足を運び、安心できる作業を繰り返しているうち、
耐性がでてきます。
周りへの興味も出てきます。
違うのもやってみようかなという余裕も出てきます。
「やったことなかったけど、挑戦したらできた」
このような体験が得られたらしめたものです。
達成体験は自信に繋がります。
自信のある人間は、また挑戦できます。

この対象者の行動変容が、活動における「効果」です。

                                 石越病院 「作業療法」のページより引用
この考え方は私たち知的障害の子どもの教育でも共通するのではないでしょうか?

学校では、クラスのりなさんが私にビーズでアクセサリーを作ってきてくれた。
きらきらしているので、それを安全ピンにつけてトレーナーに飾った。
本人もうれしそうでした。
2004年10月27日(水) 缶つぶしが上手になった   
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今日の職場体験は△△作業所です。
女の子2人、男の子1人が仕事をします。

朝の会の後で、近くの公園でランニング、周りは古い木々でとっても気持ちがいい。
次に缶つぶし。
缶つぶしの機械に缶を入れて、ペダルを押すと缶がつぶれる。
でも、ペダルを押すには力と要領がいる。

最初3人はそれほど上手にはできなかったが、何度もやり、コツを実際体で覚えるうちに上手になってきた。
最後には自分で缶を入れて、ペダルを押し、すいすい作業をこなすことができた。
缶つぶしというのは体で覚えるとうってつけの作業かも知れません。

でも、この作業所も定員一杯に近く、お弁当を食べる場所の余裕もないので、正午には学校に帰り、学校で昼食を取りました。
最近は授産施設も作業所も満員のようです。
2004年10月26日(火) 実習、がんばるね   
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10日ぶりに仕事が始まった。
私にとってはいきなりの職場体験(現場実習)です。
朝、学校に行き、あれこれお礼を述べたりした後、○○作業所に行った。

3名の男生徒が緊張気味でやってきた。
作業所は和気藹々としたところで、すぐになじんだ様子。
作業内容はいろいろあるそうだが、今日はビニールひもをさく仕事。
何かを結ぶのにひもをさくのだそうです。

生徒はやっているうちに上手になりました。
いつもおしゃべりするA君も、うろうろが多いB君も今日はとってもおりこうです。
一生懸命にやろうという気持ちが伝わり、いじらしくなる。
C君も「完璧に・・・」といいながら熱心にやりました。

一緒にやる私の方が途中から疲れ気味(^_^;)
9:30〜2:30まで続けられる生徒はえらいもんです。
昼食は今日は特別にカップラーメンを調理して、炊きたてのご飯も一緒に食べていました。
これがおいしそうなこと!
時にはカップラーメンもいいですね。

学校に帰ると、研究会。
まだまだフル回転についていけません。
2004年10月25日(月) 家でちょっとゆっくり  明日から実習   
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ゆっくりと衣類を整理したり、掃除をしたりしました。
お返しの品も買いに行きました。

やっと一息ついて、部屋で音楽をかけ新聞を読む、そのひとときが大変貴重に思えました。
私でも、しばらく家を離れていると、心身共に落ち着かないのですから、年を取って住み慣れた家を離れたくないのは当然でしょうね。
私たちが年を取った時に、親、自分たち、子ども達と上手につきあいながらどこに住むことになるか・・・、今から少しずつ考えていきたいと思っています。

さて、明日から学校に行きます。
明日から職場体験(現場実習)が始まるのです。
私は事前学習にタッチできませんでしたが、生徒も初めての経験でどきどきしていることでしょう。

それから新潟県の地震はすさまじいものでしたね。
群馬県に住むYさん宅もまだ地震で揺れ恐ろしいそうです。
遅くなりましたが、被災者の方にはお見舞い申し上げます。
2004年10月24日(日) 母の他界 葬儀   
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お久しぶりです。
母が亡くなり、葬儀や後の整理などで忙しく過ごしていました。
下から毎日の様子を書きます。

10月24日(日)
お世話になった方に電話。もうすぐ一人暮らしになる父に簡単にできるみそ汁やうどんなどを買ってくる。
父が一人暮らしになるから、箪笥や引き出しに品目を書いたりする。
午後実家をでて熊本に帰る。10日ぶりでした。
だんながおでんや筑前煮を作っていてくれ、ありがたかった。

10月23日(土)
今日は初七日。お坊さんがお経を上げて下さる。
その後、葬儀社が部屋を片付けに来て、簡単な飾りになる。
花を花瓶に生け直す。
仏壇が届く。いろいろ説明を受ける。
香典返しの会社の人が来る。
夕食の買い物。
家族で今後のことを話す。
父はやがて一人暮らしになるかもしれない。

10月22日(金)
妹と仏壇の店に行き決めてくる。

10月21日(木)
父、妹と一緒に仏壇の店を見て回る。

10月20日(水)
部屋の片づけや箪笥の整理。母の服などを形見にもらう。

10月19日(火)
部屋の片付け。

10月18日(月) 葬儀
朝、喪服を着て、妹が作ったみそ汁や昨日の残りの寿司で食事。
やがて葬儀社から迎えのマイクロバス。
葬儀社で打ち合わせ。席の並び方、焼香の順番弔電の順番、写真(5枚)の説明文・・・。
親戚が来て、昼の食事(おとき)をとる。
私の学校からも2人の方がかけつけて下さった。

葬儀始まる。
お坊さんのお経。
弔辞は母を昔からご存じの高齢の男性。母の職場(幼稚園)の元同僚、妹の娘。
どれも大変心を打つ弔辞でした。
焼香、母の今までの様子が写真で紹介されました。弔電紹介。再び読経。閉式。親戚が集まり写真撮影。

お棺をみんなで運び火葬場に運びます。
だんだん別れが近づきます。家のそばを通るときに、写真の母にしっかり見せました。
火葬場で窯に母を入れるときはさすがにつらかった。

別室で待ちます。買ってきたビールや食べ物で親戚と話をします。
叔父達は「私もあんな胸を打つお葬式ができるかどうか・・・」と言いました。
骨になった母を箸で骨壺に入れました。

家に戻り、それからお寺に・・・。
お寺では食事を準備しておられ、おいしくいただきました。
さすがにその夜は悲しみと緊張で疲れていました。

10月17日(日) 母死去
朝妹と交代、母のそばにいる。母とは表情で話ができる。
「お母さんは勲章をもらえるよ。
私たち子どもと4人の孫をりっぱに育てて・・・。
私はお母さんが子どもを自分の幼稚園に連れて行ったりしてみてくれたから、仕事を続けることができたのよ。
こんど銀紙で勲章を作ってこよう。大きな花丸よ」というと、母はにこっと笑った。

父が戻ってきた。
私「お母さん、きついよね。
でも、もうすぐ楽になるよ。
すぐ父も行くからね。ちょっとせからしかろうけど・・・」というと、母はまた笑う。
父も苦笑い。

母はうとうとし始めた。
話に疲れたのだろう。まだ1日、2日は大丈夫そうだ。
父は隣のベッドで本を読み、私は車に荷物を取りに行った。
戻ってくると・・・。

母の目のあたりが黒ずんでいる。
「お母さん!」と呼んだが様子がおかしい。
父はお医者さんを呼びに行った。私が「お母さん!」と呼ぶと、母はちょっと苦しそうに「はあ〜」と口を開けた。

私は妹たちに電話をしに行った。
戻ってきてみると、お医者さんは瞳孔を見ておられ、「ご臨終です」とおっしゃった。朝、9時前でした。
それほど苦しまなかったのがせめてもの幸いでした。
駆けつけた妹たちも泣いていました。

病院を片付け、母は清められて葬儀社の車で家に帰る。
布団に寝せる。葬儀社の方が来られ、通夜の準備。
母は女性2人にゆかんしていただく。これは機械を使って体を洗うのですが、私たちもひしゃくで水をかけました。
化粧もしていただく。きれいにしてもらいました。やはりプロです。

父は連絡で忙しい。私も職場の方に電話。
部屋の準備。通夜の湯飲みやコップの準備。(座布団などはあらかじめ準備していました。)
私の二男が四国から駆けつけました。
長男の家族はアメリカにいて無理ですが、電話をくれ、眠っている母の耳元で聞かせました。

夕方からお坊さんが来られ、通夜の客(親戚や近くの方)が来られ、通夜が始まる。
お経が終わり、親戚は別室で料理をとって頂く。
アルバムを持っていき、母の話や昔の話しがはずむ。
夜遅くなったが、明日は葬儀です。
10月16日(土)
東京の妹が到着、その日は妹が泊まる。
私は家の片付けをしたり、いろんな用事をする。
10月15日(金)
夕方から実家に帰る。病院の母はあまり容体が良くないので、その夜は母の隣のベッドに寝る。
母も私もあまり眠れない。時々母の様子を見る。
2004年10月14日(木)  男の子が好きな麗子さんの変身   
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チャレンジ学習である男の子は「こち亀」つまり「こちら葛飾区亀有公園前派出所」をよくみる。
そのサイトの中のゲームセンターに「麗子のハイパーピーピング」というのがあり、それをよくやるのです。

ピーピングだから、あんまりオススメではない(笑)
これですね。
麗子さんを着替えさせるのです。
コンパニオンや看護士さんと、男性があこがれそうなキャラクター!♪
服を脱がせると色っぽい下着姿です。
その子は上手に服を着せていく。

今、日記を書くに当たり私もやってみたが、なかなかむづかしい。
やり方をマスターしてよくやるものです。
上手にやるには記憶力や素早さなどいろんな力もつけることができます。

他の人が見ると「変なサイトで遊ばせているものだ」と言うかも知れないが、思春期の男の子にはおもしろいゲームなんでしょうね。
男の方ならよ〜くおわかりでしょう(^_^;)

さっき父から電話があり、母が呼んでもあまり返事をしなくなったそうで、明日また実家に帰ります。
2004年10月13日(水)  訃報「特別支援教育のおもちゃばこ」   
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夕食後HPの住所変更のお知らせをして回った。
まず「特別支援教育のおもちゃばこ」です。
このサイトは歴史も古く、賞を受賞されたりしているから、ご存じの方も多いことでしょう。

掲示板に変更のお願いを書いた後に、掲示板に目を通していて驚いた。
なんと、運営者のK先生はお亡くなりになっていたのです。
次のようにお悔やみを書きました。
「先生の訃報を読み驚いております。
先生にはサイト上でも障害児教育に関してもお世話になっておりました。

ウェブ上に先生のサイトがあり、私もこのサイトを参考にHPを運営しておりましたのに、突然のことで呆然としております。

サイトの運営というのは地味な根気のいることです。
それを先生は公務の上でもお忙しい身の上で頑張っておられました。
このサイトから障害児教育についての知識を得られた方も多いと思います。

今までもご努力に対し敬意を表すると共に、先生のご冥福をお祈りいたします。


K先生は現職で管理職をなさっておられたと思います。
それなのにあんまりにも早くお亡くなりになって・・・。
多分管理職とサイト運営、その他いろんな方面で活躍なさっておられたことでしょう。
同じHPの運営者として人ごととは思えず、複雑な気持ちです。
しばらくはサイトも続いていくとのことです。

ご冥福をお祈りします。
2004年10月12日(火)  大介君が好きなサイト   「やきにく亭」   
(アクセス Leeの特別支援教育   153132    Leeのきょうざいかん 1180536  )

後期のチャレンジ学習は4人の生徒がいる「コンピュータ」を担当することになった。
「英語」を希望する生徒が一人だったので、これはありません。

新しくメンバーになったのは大介君とまなぶ君。後の2人は前期からの続きです。
大介君は何が好きなんだろう?と思って見ていると、行ったサイトは
「永谷園」テレビコマーシャルをしっかり見ている。
やはりテレビで見て関心のある会社のサイトに行くようです。

ゲーム類も好きで、特に「やきにく亭」はみんなすき。
このゲームは焼き肉を裏表焼いてたれをつけて食べるもの。
焦げ目が付かないように焼くのが難しいんです。
トライしてみては?
2004年10月11日(月)  看病  Iさんが作ったプリント「ぜんぶでいくら・100円と10円」   
(アクセス Leeの特別支援教育   152752    Leeのきょうざいかん 1178992  )

金曜日から看病のために実家に帰り、今日3時頃帰ってきました。
母の容体は悪いものの、あとしばらくは大丈夫でしょうとのこと。
しかし、ほとんど食事が入らず、点滴だけで長らえている状態です。
看病の間に、アルバムの写真を見せたりしました。
まだまだ意識ははっきりしていて、写真について話ししたりできるのでうれしく思います。

さて、今教材を一つ作りました。
今、国数ではお金の勉強をしています。
きこさんは10円玉、100円玉だけだと数えて「いくら」が分かりますが、金種が二つになるととまどうようです。
そこでいつも一緒に教えてくれる学生のIさんがこんなプリントを作りました。
これで110円、120円をゆっくりと理解してくれるでしょう。

私たちにとっては当たり前のようなことでも、子どもにとって抽象的な硬貨というものは分かりにくいものです。
まして10円玉が10個集まると100円玉になるということはなかなか理解しにくいものでしょう。
このあたりを理解してもらえるような指導法や教材をIさんが工夫してくれています。

この教材は一人きこさんだけでなく、他の人にも役立つことでしょうから、できたプリントはどんどんアップしていく予定です。
2004年10月7日(水)  どうにかなった (^_^;) 移転成功!   
(アクセス Leeの特別支援教育   151792    Leeのきょうざいかん 1172730  )

ジオの移転の件だが、調べてみたら、どうも同じURLを続けることは難しそうだと分かった。
だから新しい住所にするしかない。

明日はまた実家に帰るので、その作業は月曜日くらいになると思います。
しばらくは日記は更新できません。
日記が更新できていないと、なんだか宿題をし忘れた子どものような気がするのですが・・・・。

それにしても疲れています。
一日走ったり、作業をしたり、面談したり、他の連絡や話し合いをしたり・・・。
そして休日は2時間運転して実家に帰り看病だから、無理がきているのでしょう。

でも、父がずっと看病していることを考えると、行かずにはおれないし、母もいつまでもってくれるのか分からないのですから・・・。

早くにお母さんを亡くされた同僚が、「そんな時って精神的にも肉体的にも大変なのよね。自分が病気にならないように・・・」と言ってくれた。

こういう時には人の温かい言葉が身にしむものです。
私の今の役割は、無理をせず病気にならずに仕事と看病を両立しながら、この時期を乗り越えることだと考えます。

(その後)
気を取り直していろいろ移転作業をやったら、どうにかこうにかなりました。
ほっとしているところです。(^_^;)
上の日記の暗い気分からるんるん気分になったから、いい気なもんですね。
2004年10月6日(火)   移転できない!
(アクセス Leeの特別支援教育   151562    Leeのきょうざいかん   )

今日もジオでのHP移転をうまくしようと思ったが、できなかった。
私が悪いのかと思っていたが、ヘルプ用の掲示板を見たら、皆さん方も大変困っている様子だった。
ジオももうすこしうまい方法を考えてくれんだろうか?

このまま更新できないようであれば、urlを変えることになりそうです。あ〜あ!

2004年10月5日(月)   ジオシティーズの統合   長いす作り
(アクセス Leeの特別支援教育   151362    Leeのきょうざいかん   )

今日から従来のジオシティーズとヤフーBBのジオシティーズが統合された。
そのためか、このサイトのアクセスカウンターが変です。
でも、容量が大きくなるそうだからありがたい。

次の画像は今木工班で作っている長いすです。
長いす1

横に長い板を使っています。
長いす2

縦に長い板を使っています。

これを50〜60作ってすずかけ祭りで売る予定です。

(夜)
ジオシティーズがあたらしくなるとは聞いていたが、
今日がその日だったそうで、なんとHPが更新できないのです。
転送するにはあたらしい方法になり、それには新しいメールアドレスが必要で・・・。
いろいろやっていたらこんがらがって訳が分からなくなった。

もう止めます。
そのうちなんとかなるでしょう・・・。
しばらく更新できません(-_-;)

2004年10月4(月)  dmozに掲載される   「みんなの歌」のリクエスト
(アクセス Leeの特別支援教育   151142    Leeのきょうざいかん  1168161 )

うれしい!
このページをごらん下さい。
ここ   ここも 
「Leeのきょうざいかん」がdmoz( open directory project)に登録されていました。
dmozはGoogleなどに情報を送っています。Yahoo!はGoogleの情報をもらっています。
ここに登録されると、やがてGoogleに登録されるでしょう!
私が今まで願っていたことです。

クラスのトミー君はNHKの「みんなの歌」が大好き。
今日、「テレビで○○の歌を放送して欲しい」と言っていた。
そこでNHKにメールしようと言うことになり、私と一緒にHPから放送希望を送った。

「ぼくはみんなの歌が大好きでいつも聞いています。
「キッチンレディー」「地球はみんなの大合唱」「アリスのきせつ」「風のオルガン」をテレビで放送して下さい。お願いします」
2004年10月3(日)  イチロー選手のコメント   掲示板について思うこと
(アクセス Leeの特別支援教育   150907    Leeのきょうざいかん  1166701 )

野球のイチロー選手の偉業はすばらしいですね。
イチロー選手のインタビューの中で印象に残った言葉は・・・

「たまらない」という言葉があった。
ストレスやプレッシャーをたまらないと感じ、それを乗り越えて「たまらない」と感激する。人生には「たまらない」思いをすることが大切なんですね。

「人に勝つより、自分の目標に向かって勝つ」。これもいいですね。
同僚や友達に勝つと思ってもいい仕事はできない。
そうです。自分がしたい仕事を決め、それに向かって自分に勝てばいいんですね。

今日ある方からメールが来た。
「Leeのきょうざいかん」をある小学校の先生方に紹介するために、通信を作られたそうだ。
そして「掲示板を紹介してもいいですか?」とあった。
それに対する私の返事・・・。

「さて、おたずねの掲示板の件ですが・・・。

長崎の事件以来、気楽に考えていた掲示板も慎重に考えざるを 得なくなりました。
掲示板には実際のところ素直な子どものかき込みもあれば、明 らかに大人と思える悪質かき込みもあるんです。
ネットの世界にはいたずらをする者も いるらしく、こういうことに神経をとがらせます。

でも、子どもの率直なかき込みを見ると、こういうことで子ど も達がネットの世界に慣れるならいいことだとも思うのです。
こういう掲示板で子どもが自分の気持ちを表現したり、人と話すことで学んだりすることがあれば、情報教育の一助になった り、自己表現・発信のきっかけになったりするのではないかと も思います。

そういう訳で、時に大いに心配をしながらも、自分のできる範 囲でサイトや掲示板を運営しているところです」
2004年10月2(土)  母にお見舞いの客
(アクセス Leeの特別支援教育   150760    Leeのきょうざいかん  1165059 )

先週の金曜日は秋休みで子どもはお休みなので、私は休みをもらって実家に帰っていました。
母はいよいよやせてしまい、口数も少なくなっています。
体を拭いたり、さすってやったり、食事を口に入れたりして看病します。
また、お見舞いの人が来てくれ、久しぶりに賑わいました。

お見舞いの人たちも、母のやつれように驚き、悲しんだ後は、楽しい話題で盛り上がり、母も笑顔になります。
病気とはいっても深刻になるより笑っていた方がいいものです。

お見舞いは親戚の人が多い。
母達の頃は兄弟・姉妹は5人とか6人とかで、おまけに近くに、あるいは県内に住んでいることが多い。
だが、皆さん高齢で杖をついたりおぼつかない足取りで歩いたりして来られるのです。

また、母の小学校の同窓生も来られた。
ず〜っと同窓会をしているそうで、うらやましい感じがする。

こんな風に故郷で兄弟姉妹や同窓生に見舞いに来てもらうというのは、とっても幸せなことだろうと思う。
母の看病をしていると、私もつい、どこでどんな風に生涯を終えるのだろうかなんて考えてしまうのです。
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