Leeの特別支援教育

   英語教育の実践
〜高等部選択学習「トライ! イングリッシュ」の取り組み〜

1 英語教育の導入に当たって
 生徒たちを取り巻く環境には英語やローマ字があふれている。生徒がテレビなどで聴き、口ずさむ歌には英語やローマ字が多く使われている。また食べ物、衣類、店の商品など、生活の様々な場面でローマ字や英語に接することが多い。ローマ字や英語を理解することは、生徒たちが生活を送る上で必要なことになりつつある。また、生徒たちは、隣接する大学の外国人留学生を見かけることがあり、彼らと関わりたい、英語で話したい、という興味・関心が伺われる。生徒たちにとって、英語の基礎知識を身につけ、外国人と接する経験をもつことは、生活を豊かにし、社会の変化に対応するために必要であると思われる。
 先般提出された教育課程審議会の答申では、「知的障害者を教育する養護学校においては、国際化、情報化の進展等、社会の変化に対応し、生徒の日常生活を豊かにするとともに、卒業後の社会生活への適応を円滑に進めることができるようにする観点から、新たに選択教科として、中学校には外国語を、高等部には『外国語』及び『情報』を設けることとする。」と明示されている。平成14年度には新しい指導要領に基づき、外国語(英語)が選択教科として導入されることになる。知的障害者を教育する養護学校において、初めて英語教育が導入されることになるが、知的障害のある生徒に対する英語教育の指導法はまだ確立しておらず、その指導の在り方を実践研究することは緊急の課題であると考える。
 本年度から、高等部では英語教育を導入することにした。導入に当たっては、本年度、本校独自で試行的に行っている選択学習の一つとして取り組んでいる。選択学習は、生徒がいくつかの学習グループの中から希望に基づき選択し、年間を2期に分けて学習するものである。「トライ! イングリッシュ」と名付けた英語学習のグループでは、前期に8名の生徒が希望をして学ぶことになった。ほとんどの生徒にとって初めての英語学習である。この英語学習を実施するに当たっては、熊本大学の外国人留学生の授業参加を計画している。これによって、生徒が外国人や英語に直に接することができ、また、国際理解も図れるものと考える。
 本研究は、知的障害のある生徒の特性を考慮しながら、英語や外国の人々や文化に対する関心を高め、初歩的な英語を理解し、英語で表現する意欲と態度を育て、国際理解の基礎を培う英語教育の在り方を探ろうとするものである。
 
2 研究の課題
 
 英語教育については、中学校、高等学校では学習指導要領に示された目標、内容で指導が行われている。知的障害のある生徒に英語を教える場合、従来の中学校、高等学校の英語教育を踏襲するのでなく、知的障害のある生徒の特性を考慮した指導内容や方法で指導することが必要である。知的障害のある生徒の特性として、抽象的な思考より、具体的な、生活に根ざした方法が有効であるといわれている。また時間は要するが、基礎を学び、学習を繰り返すことで、定着化することも指摘されている。それらの特性を考慮して、新しく指導内容と方法を創出する必要がある。本研究では、研究の目的を達成するために、次の2つの課題を設定した。  
 1)課題1 知的障害のある生徒の特性に応じた指導内容を精選し、英語指導項目表を創出する。
 2)課題2 知的障害のある生徒の学習特性を把握し、指導方法を工夫する。
 
3 指導計画
 
 1)生徒の実態
 本授業の学習グループは全員で8名であるが、障害の程度が軽い生徒から重い生徒まで幅がある。本研究では対象者として、障害の程度が軽度の生徒2名、重度の生徒を1名、計3名を選んだ。その実態は表1の通りである。
 
表1 生徒の英語学習の実態
N0.  学年  氏名性別 英語学習経験 英語に関する生徒の実態 

 
省略  省略
なし
 
英語で挨拶をする等、関心が高い。理解面では初歩的な単語は理解できる。文字の読み、書きは難しい。

 

 

なし
 
アルファベットや初歩的な単語を少し知っている。まじめな性格である。「話す」「書く」などへの関心も高い。

 

 

中学校在籍に時に有り 英語学習に対する関心が高く、中学校での導入時程度の知識がある。明るく積極的な性格で、歌や踊りを好む。
 
 
 2)指導計画
 指導期間は5月から11月までの予定である。表2のように指導計画を立てた。
 
表2 指導計画
時間 題材名 題  材


 

5月
 

 3
 
英語の挨拶とアルファベット
 
英語の挨拶 アルファベット(大文字、小文
字)、自己紹介1、歌手の名前(X JAPAN、 speedなど)



 

6月

 

 5

 

外国人と英語で話そう
 
ケン来校(ビデオ撮影)、自己紹介2」(I like.....) 名詞、趣味、家族、食べ物、スポーツ、誕生パーティ準備 、ケンの誕生日、「トライ イングリッシュ」ニュース発行

 
6月
 
 2
 
学校紹介をしよう
 
学校の部屋や場所の名前を知る、部屋や場所の名前を貼る。

 
7月
 
 2
 
ローマ字や単語を覚えよう ローマ字、動物、食べ物、ABCソング
 

 
7月
 
 1
 
「わたしは持っている」 I have a cat.(ball,cap,CD.....)  (ビデオ撮影)
 
7月  2 1学期のまとめ (英語指導項目表のチェック)

 
10月
 
 2
 
1学期の復習
いろいろな動作1
1学期の復習(あいさつ、自己紹介、名詞)
動詞

 
10月
 
 4
 
「大きい、小さい」
 
(3年生は現場実習のため1、2年生のみ)形容詞、名詞

 
11月
 
 5
 
「何をしているの」いろいろな動作2 動詞 Let's sing! I can skate. Come here!
カードゲーム、外国人とゲームをしよう
10
 
11月
 
 3
 
「外国人と話そう、遊ぼう!」 今までのまとめ、外国人と話す、ゲームをする
      計29時間(1単位時間は50分)
 
3)課題1 知的障害のある生徒の特性に応じた指導内容を精選し、英語指導項目表を創出する。
 (1)指導内容の精選
 指導内容は言語活動(聞く、話す、読む、書く)と言語材料とで構成する。言語材料は、次のような観点で精選し、言語材料表を作成する。(資料1)
 ○言語材料は身近で初歩的な単語や文章を精選する。特に、将来にわたって実生活で必要と考えられるものや、自分や身の回りのことを表現するための言語材料を選ぶ。  
 ○楽しみながら学習に取り組めるよう、初歩的な英語の歌を精選し取り入れる。      
 (2)英語指導項目の設定
 言語材料と言語活動とを検討して指導項目を設定し、英語指導項目表を作成する(資料2)。それぞれの項目は、意欲、知識・理解、技能、態度のどの領域の向上をねらったものかを明確にして分類する。各領域では次のような観点や配慮で指導項目を設定する。
 ○意欲:英語を知りたい、話したいという「意欲」や、外国人や外国のことを知りたいという「関心」を大切にする。名前カードを置くとか、英語の呼名を使うなどの活動で、意欲の有無を観察する。
 ○知識・理解:アルファベットは活字体で大文字、小文字の順で指導する。ローマ字は50音を取り上げる。単語は、日常なじんでいるスポーツ、食物、動物などから、生徒たちが社会で生活していく上で必要であると思われるものを取り上げる。
      文字の導入としては、生徒がテレビやCD等で日頃接しているSMAPなどの歌手の名前は有効と思われる。
      文型は主語+動詞+目的語または補語の簡単なものまでとする。複数形や三人称の語尾などの細かな文法事項にはこだわらず、文章を表現しようとする意欲を大切にする。
 ○技能:「話す」という音声によるコミュニケーションを中心に指導する。単語や文章を「読む」は重視しない。しかし、提示する場合、絵と英単語のあるプリントやカードで提示し、英単語が自然に目に入るように配慮する。
      ローマ字やアルファベットを読んだり書いたりすることは有用と考えられるので、生徒の実態を考慮しながら、「読む」「書く」を取り入れる。
 ○態度:学んだ英語の知識や技能を用いて、生活の様々な場面で英語を使おうとしたり、さらに英語に対する関心を深めたり、外国人と積極的に関わろうとする態度を重視する。
 英語指導項目表は、英語学習の当初と終了時にチェックすることにより、生徒の学習による変化を観察する。また、教師の指導方法を検討する形成的評価の資料とする。
 
 4)課題2 知的障害のある生徒の学習特性を把握し、指導方法を工夫する。
 指導に当たっては、生徒の学習特性を考慮しながら、次のような指導方法の工夫改善を行う。
  (1)生徒の興味、関心を引き出し、国際理解を図るために、外国人の授業参加を計画する。
  (2)生徒の興味を引く題材、内容の提示を工夫する。
  (3)実体験したり体で覚えたことをよく記憶するという生徒の特性から、動作化を図る。
  (4)ビデオやカセットテープなどの視聴覚機器を利用したり、カードなどの視覚的な教材を工夫したりする。
  (5)賞賛や励ましをすることで、意欲を引き出し、成就感がもてるようにする。
 
4 指導の実際   省略
 
 生徒の実態および特性を考慮し、指導方法を工夫しながら、次のように授業を展開した。
 
展開例1「外国人と英語で話そう」
(1)日時及び場所 6月5日(金) 13:15〜14:15  高等部1年教室
(2)外国人講師 留学生(通称ケン)
(3)展開 表3のように授業を展開した。
 
表3 「外国人と英語で話そう」展開
学 習 活 動 言 語 材 料
1 挨拶
2 紹介 ・ケンの自己紹介
     ・生徒がケンに自己紹介
3 国の紹介(地図、カード使用)
     ・ケン 黒板に地図を書いて説明
4 質問と応答 ・生徒の質問にケンが答える。
 国はどんなところですか。家族は?   誕生日は? 国では今何時ですか?
 趣味は何ですか? スポーツはなにが好きですか?
・ケンの質問に対し生徒が好きなことなどを答える。
5 学校案内 高等部校舎、特に作業学習の部屋を案内する。作業班の作品をプレゼントとして渡す。
6 次時の予告と挨拶
Good afternoon. How are you?
I'm fine,thank you. And you?
My name is ..... Nice to meet you.
My name is ..... Nice to meet you.


plane.cold,sister,father,mother,
basketball,flag,baseball,music,fishing
birthday,
I like music.


Good bye. See you next.
 以下、省略
              
5 指導結果および考察
 
 1)指導結果
  (1)英語指導項目表から見た指導結果
 今回作成した英語指導項目表(資料2参照)を使って、5月当初と7月にチェックを行った。対象生徒3名について、以下のような変化が見られた。
○生徒Aさんは、変化した項目は少ないが、「意欲」面や簡単な名詞の理解、英語の挨拶や自己紹介で伸びが見られた。技能面の「文字を書く」はできなかったが、「話す」は意欲的であった。
○生徒Bくんは英語学習の経験がなかったが、ほとんどの項目で伸びが見られた。「意欲」「知識・ 理解」「態度」面は、すべて「できる」になった。「書く」は指導項目の約2分の1程「できる」になった。
○生徒Cさんは、英語学習の経験があり、「知識・理解」「技能」共、最初から指導項目の2分の1 程は知っており、「話す」ことができていた。今回の学習により知識・理解、技能面で自信がつき、意欲、態度面に一層の向上があった。
 
  (2)アンケートより
 生徒の英語の授業に対する感想を知るために、表5のようにアンケートをとり、回答を得た。
 
表5 「トライ! イングリッシュ」についてのアンケート結果
実施期日:平成10年9月   対象者数:8名  
1 トライ! イングリッシュの授業は好きですか。
   はい 8名        いいえ 0名
  「好き」と答えた人はそろ理由を答えてください。(複数回答可)
   ・楽しいから             4名
   ・外国人と話したいから        2名
   ・社会人になったときに必要だから   2名
2 トライ! イングリッシュの授業は分かりやすいですか。
   分かりやすい 2名     普通 6名      むずかしい 0名
3 トライ! イングリッシュの時間にどのような勉強をしたいと思いますか。(複数可)
   ・外国人との授業 6名
   ・歌       3名 (「ABCの歌」のような歌)
   ・ビデオ     1名 (「英語で遊ぼう」のようなビデオ)
4 トライ! イングリッシュの時間の感想や希望はありませんか。
   ・英語の勉強をしたら外国人になったみたいです。 ・アメリカに行ってみたい。
   ・いろんなことを英語で勉強したいです。 ・むつかしい英語を勉強したいです。
   ・楽しい(2名)
 
 このアンケートの結果は次のようにまとめられる。
 ○生徒は「トライ! イングリッシュ」の授業が好きで、その理由は、「楽しい」が一番多く、次に「外国の人と話せる」「将来必要である」が同数ある。
 ○「トライ! イングリッシュ」の授業のわかりやすさは「普通」が一番多い。
 ○「トライ! イングリッシュ」の時間には外国人と一緒に勉強することを希望している。「歌」「ビデオ」を希望する生徒も数名いる。
 ○感想からは、外国人と話すことに喜びを感じ、さらに英語を学びたいと希望していることが伺える。
 
 (3)生徒の観察による変化
 生徒たちは朝“Good morning!”、下校時には“See you!"と挨拶をしていく。また、英語の時間の後、友達に英語で話しかけている。英語を話すことへのためらいや遠慮がなく、「私も英語を話している。」という、新しいことを学ぶ喜びと意欲が感じられる。また、英語のカセットをダビングして欲しいと申し出た生徒、英語の歌のCDを持ってきた生徒、ケンに誕生日のプレゼントを自分から買ってきた生徒などがいた。これは、英語を学びたい、外国の人や文化に接したいという態度が形成されつつあるものと考える。
 
2)考察
 (1)課題1についての考察
 本研究では、知的障害のある生徒の特性に応じた指導内容の精選をし、言語材料表英語指導項目表を作成した。指導内容の精選では、「英語を話したい」「外国人と関わろう」という意欲、態度面を重視し、知識・理解および技能面は、初歩的で、生徒の生活に必要と考えられるものを取り上げた。これは、指導結果にあるように、知的障害のある生徒の英語学習には有効であった。しかし、言語材料、特に単語の数が多すぎて、今回の授業回数の中では指導できないものがあった。また、単語を学習した後、応用して3語文、4語文の中で言えるまでには、更に時間が必要と思われる。
 
 (2)課題2についての考察
 指導実践を通して、次のように考察される。
 ○外国人の授業参加に生徒は大きな興味、関心を示し、積極的に関わろうとするなど、効果  的であった。
 ○興味をもち、意味付けされた事項はよく記憶できた。
 ○動作を伴った表現はよく記憶できた。
 ○視覚的な教材(カード、ビデオ)は記憶上有効であった。
 ○賞賛や励ましをすることで、重度の生徒も意欲的に学習に取り組めた。
6 まとめと今後の課題
 
 英語教育を初めて試行的に導入したが、知的障害がある生徒においても、指導内容と指導方法を創意工夫することによって英語学習が可能であることが、実践を通して確認された。英語学習は、単なる教科としての学習にとどまらず、現代社会に生きていく上での、基礎的な生きる力、国際理解への導入学習として、重要な意義を持つものであると考える。 今後の課題として、外国人の授業参加を更に多くしていきたい。また、楽しみながら学習できるよう、歌やゲームを取り入れること、ビデオの活用などが必要であろう。指導内容では、名詞や文章などの言語材料を、生徒の興味関心に沿って精選し、言語材料表や英語指導項目表を改善したい。その成果を今後の英語学習に応用できるように、更に実践研究を推進していきたい。
 
<参考文献>
 
1)和田琴美(1995):ママと一緒に英語でワオーツ!,主婦の友社.2)高橋庸雄、高橋正夫、Carl R.Adams(1992):教室英語活用事典,研究社出版.
3)マークス寿子(1995):爆弾的英語教育革命論,草思社.
4)文部省(1989):中学校学習指導要領 外国語 英語編,教育出版株式会社.
 
<使用教材>
 
指導書     ・樋口忠彦、志賀孝雄:英語はともだち,むさし書房.
              ・早見優(1990):子供の英語百科 早見優のワンダーキッズ全6巻,(財)日本英語教育協会.
カセットテープ ・こどもの歌7 ABCの歌ー英語の歌ー ,日本クラウン株式会社.
ビデオ     ・学研の頭脳開発ビデオ わくわくえいごABC 他3本.
単語カード   ・新大判英語カード1集〜4集,くもん出版. 
 
 
この論文は2名の共著であり、わたくしの執筆部分のみ掲載しました。
 
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