リンリン こうちゃん
その8
作・佐竹弘子 編集・Lee
「Leeの特別支援教育」
保育園で
陽介と皓平は1年半、同じ保育園に通いました。
その保育園は“水と土と太陽”をモットーにした保育園でした。
鍬で畑を耕し、種をまく。自分たちで腐葉土を作りバケツリレーで畑に運ぶ。汗水たらしながら雑草をとる。そして収穫する喜びを味わう。
鶏、うさぎ、犬を飼い、えさから糞の掃除、散歩まで子ども達で担当していました。
毎朝、保育園全体をみんなで雑巾をかけるのですが、その雑巾も子ども達が時間をかけて縫った自作です。暗くなるまで外で泥だらけになり遊ぶ、散歩に行き体力をつけると共に、季節の移ろいを目で見て触って体験する…。
最近、早期教育が流行していますが、それとはかけ離れた、昔ながらののんびりした楽しい保育園生活でした。そして、自分から進んで自然と体が動くような保育園でした。
その保育園は産休開けからの保育をしていて定員は80名でした。「子どもは子どもの中で育つ」ということも大事にしていて、常時3人から5人の障害を持つ子が通園していました。その障害の種類もさまざまでした。
陽介のクラスにも、ダウン症候群の男の子がいました。その男の子はおとなしく、部屋の中で絵を描いているのが好きな子でした。陽介達みんなは、「一緒に散歩に行こう。帰ってきたらまた、絵を描こう」と内気な男の子を散歩に誘い出かけました。
どうしてもみんなから遅れてしまう時には「がんばれ、がんばれ!」と励まして、障害がある、ないに関わらず、分け隔てなく共に一緒に育ちました。
親の会の醍醐味
小学校までは、毎月開かれる親の会の例会に、必ず家族4人で参加していました。
家族での参加が多いので、同じ障害を持つ子の兄弟組がたくさん来ています。立場が同じせいか、何も言わなくてもわかりあえるようです。大人は名前や住所を気にしますが、子ども達はそんなことおかまいなしにすぐに仲良くなり、帰ることを嫌がるほど遊びます。
「お母さん、ダウン症の集まり、いつあるの?またみんな来る?」と言い、楽しみにしていました。
成長して自分の世界ができてくるとどうしても例会には参加しなくなるというので、我が家では意識して参加させていました。毎年行われる泊まりの例会は、親と一緒に寝ず、友達同士で寝るほどの仲良しぶりでした。
それは兄弟組だけに言えることだけではなく、障害がある子も同じです。子ども達がひとまとまりになり遊ぶ、風呂に入る、雑魚寝する…。大人が介入しなくても人間関係が築ける。「子は子の中で育つ」まさに、これが親の会の醍醐味でしょう。
小学校に入学して
陽介の通った保育園は自宅から離れていました。そのために、同じ保育園からの入学は二人だけでした。友達ができるかどうか心配でしたが、親の不安もよそにすぐにたくさんの友達ができました。
ある日、近所の同級生が「今日、陽介、山田のこと、ぶんなぐったんだよ」とこっそり私に言うのです。その山田君も近所の子です。さて、どうしたのでしょう?
「陽介、山田君と学校で何かあったの?」
「うん、先生が『ひらがなのテストを100点とるまでやりましょう』って言ったんだ。みんなは何回かで合格したんだけど、どうしても合格できない子が一人いたんだ。そしたら山田がその男の子に、『おまえの父ちゃんと母ちゃんの脳みそが腐ってるから、おまえもバカなんだ!』って言ったんだ。だからぶんなぐったんだ!俺は悪くない!」
「ごもっとも!」と私は言いたかったのですが、とりあえず、「陽介、もう小学生だから口で言えば、山田君だってわかるよ。なぐらないで、これからは口で言おうね」
「無理、無理。山田なんて、言ったってわかんないよ!」
陽介は、活発で昔のガキ大将のような子どもですが、ナイーブな一面も持ち合わせているようです。
小1で友達のピンチを救った陽介。大きくなったこれからこそ、「世の中にはいろいろな人がいる」ということを、理解していって欲しいな…。
毎日会う、あの人
陽介は通学路で毎日、マウンテンバイクに乗った30歳くらいの福祉作業所に通う青年に会うと言います。
「お母さん、あの人に毎日会うんだ。同じ時間に会うんだ。あの人、皓平と同じ(ダウン症候群)だよ。どこかに勤めているんだね。かっこいい自転車に乗ってるね。ああいうふうに皓平もなれればいいね」
その話を主人に言うと、主人が高校時代にバスで通学する時に、同じバスで養護学校へ通学していた人だと言います。その彼は、駅まで行くと、違うバスに乗り換えて養護学校へ通っていたそうです。
「陽介、あの人、養護学校へ路線バスで通っていて、駅で乗り換えて、また違うバスに乗って養護学校へ行っていたんだって」
「へぇ、えらいね。」
陽介は、障害を持つ人が目に入るらしい。口には出さなくても自然に接していけたらと願っています。
「皓平、来ないで!」
小学校3年生の運動会の一週間前。
陽介:「お母さん、皓平、運動会に来る?」
母 :「行くよ。みんなで応援に行くよ」
陽介:「皓平、来ないで。皓平来るとイヤなんだ」
母 :「どうして?」
陽介:「皓平、フラフラするから」
母 :「じゃ、抱っこしてフラフラしないようにするから、それでいい?」
陽介:「抱っこしててもフラフラするからヤダ!」
母 :「どうしていやなの?」
陽介:「小5に何か言われたら言い返せるけど、小6に何か言われたら言い返せないから嫌だ!」
母 :「じゃ、今まで何か言われたことあるの?」
陽介:「ないけど…」
母 :「ないならいいじゃないの。皓平の何がイヤなの?」
陽介:「顔と話し方がイヤだ!だから、絶対イヤだ!皓平が来ると、弟だとわかるからヤダ!」
母 :「じゃ、知らないふりしているからいいでしょう?」
陽介:「だめなの。お母さんのこと知っている人いるでしょ。そのお母さんが皓平といると弟ってわかっちゃうからダメなの!だから、皓平、運動会に来たらダメ!」
母 :「じゃ、お父さんと相談してみるね」
いろいろ考え悩みましたが、小3、小4の陽介の運動会に皓平は応援に行っていません。大好きな学童のお兄ちゃんや、お姉ちゃんと一緒に遊んでもらって過ごしました。
しかし、朝、私がお弁当を作っている姿を見たりすると「ようすけ、がっこう?こうへい、いく」と行きたがり、かわいそうにも思います。
また、陽介は学校で「兄弟いるの?」と聞かれると「いない!」と答えているらしいこともわかりました。「小5だと言い返せるけれど、小6に何か言われると言い返せない」と言うところが、勝気な陽介らしい。
小2の頃から、陽介を迎えに行く時には「お母さん、今日の迎え、皓平連れてこないで!」と毎回言ってくるようになりました。皓平が助手席に乗っていると、大慌てで後部座席に乗り、隠れたこともありました。
その頃の陽介は「皓平という弟がいることで、自分の価値観が下がる」と思い込んでいました。
そういえば、皓平の就学先で悩んでいる頃には、こんな会話もありました。
「皓平、ぼくの通っている学校には来ない方がいいよ。遠くて通えないよ。ダウンの人もいないしさ…」としきりに養護学校を勧めるのです。
たしかに陽介の通う小学校までは子どもの足で30分以上かかります。皓平の足では2時間コースでしょうか?
結局は「皓平に自分と同じ学校に来て欲しくない」ということを、「距離が遠い、ダウン症の人がいない」などと理由をつけていたのでしょう。
「皓平はね、陽介の学校じゃなくて、養護学校に行くことに決めたから」と言うと、陽介はたいそう喜んでいました。その陽介を見て、私は複雑でした。
御世話になった保育園の保母さんに陽介のことを相談すると
「陽介だって、いろいろ考えているんだよ。そういうことを乗り越えて大きくなるんだよね。できる場合には陽介の気持ちを叶えてやることも大事だよ。だけど、それが過剰になってわがままになっちゃだめだけど…」とアドバイスをもらいました。
陽介は、思ったことをすぐに口にする発散型の性格です。(人は私とそっくりと言います(笑)) しかし、小さい頃からずっと我慢していると、ある時爆発するとも言います。
「自分の気持ちを言えずにためるより、言える方がいいんだよ。」と言う人もいますが、本当にこのままで大丈夫でしょうか?
自分の世界に皓平が来ることを極端に嫌がる陽介。
しかしその反面、家では一番の遊び相手で、皓平の言葉をほとんど理解しています。皓平がぐずった時に「皓平、一緒にこれ、やろうか」と気持ちを切り替えてくれるのもお手の物です。
皓平のことを理解して一緒になって遊ぶ陽介。しかし、自分の世界には来て欲しくない陽介。どちらもありのままの陽介なのでしょう。
「お母さん、もう一人産んでよ。一緒に遊べる弟が欲しいよ」とポツリ…。
皓平のことは好きだけど、陽介も複雑なんだよね。陽介と皓平、どちらの気持ちも尊重してあげたい。しかし、こっち立てれば、あっち立たずで、困ってしまうことも度々…。
ただ、最近「兄弟いるの?」と聞かれると「弟いるよ。違う学校に行ってる」と答えているそう。陽介なりに、小さい山を乗り越えたのかな…。
兄弟のことは発展途上で、これからも悩んでいくことになりそうです!
2002年3月16日作成
ダウン症の人についての映画
ダウン症の人には表現が豊かで、俳優をする人もいる。映画も見たいですね。
「八日目」
('96フランス=ベルギー)監督:ジャコ・ヴァン・ドルマル
「ダウン症の青年ジョルジュ(パスカル・デュケンヌ)はママに会いたくて施設から抜け出す。仕事一筋の会社員アリー(ダニエル・オートゥイユ)は、妻子に家を出て行かれて落ち込んでいた。雨の夜、車を運転していたアリーは犬を撥ねてしまう。車から飛び出すと、その傍らにジョルジュが立っていた。こうして二人は出会った・・・」
実際にダウン症の俳優であるパスカル・デュケンヌが「トト・ザ・ヒーロー」に続いて出演している。
パスカルさんは96年第49回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞をダニエル・オートュイユとともにダブル受賞した。
私は観ていないけれど、ぜひ見たいな。JDSN映画情報「八日目」
ASMIC ACE社の八日目ページ
八日目
淀川長治の新シネマトーク「able」
(2001日本/カラー)監督:小栗謙一 上映時間:1時間41分ダウン症と自閉症の2人の青年のアメリカでの生活を記録したドキュメンタリー作品。第56回毎日映画コンクール(主催・毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社)で、記録文化映画賞を受賞。
知的障害のある人達をスポーツを通して支援するスペシャルオリンピックスの活動を紹介するNHK報道番組を製作した小栗謙一監督が、映画「able」を製作した。ドキュメンタリ映画のお知らせ
映画able