サトくん
その16
作・高田あや 編集・Lee
療育手帳の再判定期です。以前は障害が軽い方がいいと思っていたけれど・・・。
おもな登場人物
主人公・次男のサトくん | 長男のまこっちくん | ママ | パパ(せんべいさん) |
療育手帳
今までは児童相談所だったけど、今年からは「障害者更生相談所」というところになります。 更生・・この漢字、嫌いです。「好ましくない状態を改めてもとの良い状態にもどすこと」と書いてある。好ましいものとはなんぞや?改められるんなら改めてもらおうかい!って喧嘩売りたくなりますね。 それはさておいて、サトは今「中度」判定です。市立の施設の入場料の減免などがあります。 これが「重度」になると他にいろいろ減免事項が増えます。子どもを連れていると高速道路が安くなったり、駐車禁止除外とか、手当ての増額とか・・ 子どもが小さい時は、何とか障害は軽いほうがと思って、できる事を探して伝えました。 でも、大きくなってしまうといろいろサービスを受けられたほうが良い、と考えが変わりました。ちょっと打算的かなぁ?と思いながらも、小さい時より大人になってからの方が圧倒的に社会的な障害は大きいので、少しでも見返りを求めてしまいます。 施設に通ってると、時候の挨拶までしてくれ、お仕事ができる人でも「重度」という人が少なからずいます。能力の絶対評価よりも一般社会に対する相対評価のほうが重い、ということかもしれません。 療育手帳更新
春に面談をしていて(ガイドヘルプの時だったかな?)それ以降変化がないから障害等級は変わらないでしょうとのこと。 てんかんなどの身体症状が現れたり、著しい能力低下が見られたりすると見直しがされるそうだけど、サトは・・というとやはり変わりなしですね。こだわりの変化は著しいけど・・ この分だと更生相談所での面談もなしで手帳更新されるそうです。ホントなら面談のために施設休まなくて済むし、手間が省けて良かったってことでしょうけど、等級変更を狙っていた私とすると「ああ、そうですか。」とちょっと気落ち。 サトの方はと言うとそんなことは知ったこっちゃないでしょう。「緑友、好きです〜〜!」と元気いっぱい。そうね、親の都合でサトをどうこうしようって、いけないことでした。 今後、何もなければ手帳更新はありません。 阪神淡路大震災から9年 あの頃、サトは決まって夜中の3時頃にふぇ〜〜っと声を上げて私の布団に入ってきていました。17日の夜もそうでした。まだまだ小さくて、私の懐にすっぽりはまって寝ていました。 せんべえさんはいつもの事だけど、晩酌の後、ソファで寝てしまう。だから、うちのソファのカバーはアクリル毛布です。 大きな揺れが突然来た時、サトは私と一緒でした。怖がる事もなく、私の体の下で大人しかったのが助かりました。 我が家の被害は軽微でした。それでもカップボードの中身がすっかり飛んで出て、ガラスの破片が片付けても片付けても出てきました。長い間、スリッパが放せませんでした。 サトは余震がある間、私の膝から離れようとしなかったなぁ。でも、恐怖心は引きずらなかったので、もう今は地震があっても「地震!」というくらいでケロっとしています。 案外神経が太いところもありますね。他の所で神経細やかだからでしょうね、サトは何事においてもアンバランスです。 今日はいつもならせんべえさんと芦屋を出発するメモリアルウォークに参加するんだけど、今年はせんべえさんがいない。 私はサトについて行くのはちょっと遠慮したいなぁと思っていました。天気予報も悪かったしね。 サトはいつものように、スケジュールが気になる人だから、「阪神淡路大震災〜!」と繰り返します。 サトに天気が悪いのと、ピザを買うから明日はウォークやめようと頼みました。悪い親ですね、食べ物で釣りました。サトは簡単に釣られました。こちらもめでたしめでたし! まぁ、去年も歩いたものの追悼式前にサトの機嫌が悪くなり(炊き出しが少なかったんだって)、みんなの注目を浴びそうになって南京町に急いで行き先を変えたのでした。 サトにとっては阪神大震災の追悼よりはおいしい食事が大事。でもまぁ、心の痛みがないのは救いというところでしょうか? 被災地にはまだまだその頃の痛みを引きずっている人も大勢いることでしょう。忘れる事と覚えておく事、どちらが良いのか?難しいですが、せっかく長らえている命だから、大切にしていきたいですね。 2004年01月17日(土) さわったらダメ! サトが何やら空きボトルを外のゴミ箱に捨てに行っている。呼び止めて、ボトルを見たらエタノール。 え?エタノールはまだ半分以上あるはず。驚いて洗面所に行ってみると、ウェルパス(手指消毒剤)のスプレーが満タン・・・これは以前私がヘルパーに行っていた時に使っていて、もう残り少なくなっていたのをそのまま放置していたものでした。そこに継ぎ足したみたい。 そればかりか、それを手につけて擦ったみたいです。おかげでサトの手はガサガサ。 ずいぶん前からやってたのでしょう。サトの手荒れは手の洗い過ぎによるあかぎれで、毎年の事。でも、これ、エタノールのつけすぎでもあったのですね。ああ、不注意でした。そんな事まで勝手にしてると思ってなかった。 戸棚の隣に置いてあった無水エタノール・・これは私がローションを作ろうと買っておいたもの。これも使われてはいなかったけど、蓋が開けられていました。 前からサトはビンの蓋を開けてしまうので、よく注意していたんです。この間もしょうゆ、ソース、ドレッシングなどの買い置きをすべて中蓋を開けてしまっていて、こっぴどく叱ったところだった。 どんどん手をつけるところが広がっていて、ちょっと困りものです。取り敢えずは手をつけられたくないものには「さわったらダメ」と書いた紙を貼ったけど、効果あるかしら? エタノールの始末をした私の指もカサカサです。
お風呂の前の儀式 ポットに湯を入れる時のはなくなって久しくなります。とても静かになりました。 お風呂に入る前に「お母さんとお風呂に入ります〜」などというのが、いつの間にかなくなりました。 完全になくなったわけではなく、別のものに置き換わったということです。 8時になると必ず「お母さんがお風呂場洗う〜」と言ってきます。私がずぼらなもので、お湯を入れる前に湯を抜いて浴槽を洗うのですけど、洗ってあってもなくても必ず言うんです。 「もう洗った!」「お風呂場洗う」のやり取りが何度か続きます。これに応えるのも結構疲れますよ。 以前はお風呂洗いはサトの仕事だったのです。水を大量に使うので、私の仕事に逆戻りしたわけ。 で、サトは命令だけ。腹立つなぁ・・サトにこき使われる使用人みたいです。いつかまたサトの仕事にしてあげるから、見てなさいよ!
個人面談 新年度を迎えるに当たって、サトへの支援内容の確認をしました。 施設に慣れるのも早くて、作業も良くできるようです。ただし、困った事も出てきました。慣れると仕方ないかもしれません。 特定の女子に対してからかって面白がることと、エアコン、電気のスイッチが気になって必要のない時でもつけに行く事、帰る前に洗面所を手でくまなく洗うこと。 洗面所の掃除は普通にやれば感心なことでしょうが、それはサトのすること、水は流しっぱなしで延々とやるから困りものでしょうね。 一つ一つ、してはだめな事として理解させていく方向でお願いしました。 来年度からは、外の作業や実習にも積極的に出て行ってもらうつもりです。 それからもう一つ。宿泊訓練代わりにショートステイを利用します。手始めに5月に2泊3日で村内にある入所施設にお願いしようかと思っています。日中は緑友で作業をして、夜は入所施設で過ごす。外で暮らす事の練習です。 まぁ、サトにとっては学校での宿泊訓練と同じ意識かもしれませんが・・・ 面談はサトが受けて自分の意思を伝えるのが本来なのだけど、彼には無理。だから私が代理人みたいなものです。 サトは時間が経ってくると「もう終わり!」を連発していました。たぶん、好きなパルプちぎり作業を中断してたんでしょうね。私が挨拶をして部屋を出たら、もう姿は見えませんでした。 (2003年12月2日〜2004年03月03日) |